ティリー・ウォルデン「スピン」

スピン

スピン

「この本は、5歳から17歳までの12年間、アイススケーターとしてフィギュアとシンクロナイズドスケート両方の競技を続けて来た筆者が、練習と試合に明け暮れる日々をつづったグラフィックメモアールです。」と訳者後書きの冒頭に紹介されています。ニュージャージーからテキサスに引っ越して来たティリーの、エピソードをほぼ時系列に並べたメモアールで、一貫したプロットを追いかけたり、一つながりのストーリーを語っているものではありません。エピソードのための最低限の説明はありますが、筆者以外の登場人物の説明はかなり省略されています。ティリーはゲイであり、初恋の相手の少女というのは重要人物であるはずですが、なんの説明もなく中盤唐突に登場し、読んでいて戸惑います。キャラが掘り下げられるということがないのは、ティリーが距離をおいて周囲の人間の内面に踏み込んだりしないからです。その分、ティリーの悩みや苦しみ、喜びなどが生々しく伝わって来るようです。ただ、生々しくても生臭くはありません。自分の才能と将来とか、自身のセクシャリティであるとか、結論の出ない問題について悩んでいるティリーを、洗練された画風と感情を抑制した演出で、淡々と描いています。
線をギリギリまで省略し、デザイン的に処理された描線、日本のマンガの可愛らしさの記号とは無縁の画風は日本の読者にとって見慣れない感じもしますが、同時に独自の魅力ともなっています。