橋本治「黄金夜会」

黄金夜界 (単行本)

黄金夜界 (単行本)

明治のベストセラー「金色夜叉」の翻案で、橋本治の遺作となった小説。金色夜叉と言えば貫一お宮、というか熱海の海岸で金に目が眩んで自分を裏切った許嫁を蹴飛ばした貫一が、毎年今月今夜の月は僕の涙で曇らせてやると見得を切るとこが有名でご当地に銅像まで立ってるんだけれど、それ以外はほとんど知られてない気がする。そもそも作者の尾崎紅葉が執筆途中で亡くなったので未完なんですよね。
主人公間貫一をはじめキャラの名前や基本的な枠組みは踏襲してるのだけれど、ヒロインの鴫沢宮は鴫沢美也になっている。バブル崩壊以降の日本を舞台にした本作では、美也は別に金に目がくらむというわけではない。ただ自分に自信の持てない空虚さを突然降って湧いた「結婚」で埋めようとしたばかりである。貫一も美也の裏切りにあって悲憤慷慨恨み言を言うということもない。感情を捨て、大きな欠落を抱えたまま、それを見ないようにひたすら生きていく。ショックで茫然自失した貫一が着の身着のまま出奔し、ワープアとなって生きていくあたりがなかなか現代です。
結末はびっくりするほど呆気ない。旧劇場版エヴァの「終劇」を思い出す。どこにも救いの無い、「絶望」そのものだけがポッカリと口を開けている。