佐藤正午「月の満ち欠け」

岩波文庫的 月の満ち欠け

岩波文庫的 月の満ち欠け

「あたしは、月のように死んで、生まれ変わる」
生まれ変わりの話です。直木賞受賞作。樹木のように死んで種子を残すのではなく、満ちては欠ける月のように生と死を繰り返す。恋人を追って何度も転生を繰り返す女性の物語、というとロマンチックな純愛なんですが、一つ仕掛けが入ってます。生まれ変わる、ということは別の誰かの娘として生まれるということです。また次に生まれ変われば、やはりまた別の誰かの娘となります。その生と死のサイクルの中で「父親」であった男が、「自分の娘があなたを前世の父親だと言っている」と言う、別の「親」と対面する話として語られます。
主人公は小山内堅、事故で妻と娘を亡くした寡です。彼は、自分の娘が別の女性の生まれ変わりであり、死後また生まれ変わりを続けて別の娘となっている、という話に、ある意味振り回され、彼の現実をほんの少し、思いもかけぬ形で揺るがせます。彼は「生まれ変わり」などということは信じないまま、律儀に付き合っているわけですが、それでも彼の周りを取り巻く現実世界を見る目は、ほんの少しばかり、でも決定的に、変化してしまうのです。
転生を繰り返す女性の視点、生まれ変わりをどう受け止めたのか、なにを考え、そしてかつての恋人に会うためにどう計画したのか、といったことは間接的にしか語られません。他人の目で語られるいくつかの事件や思い出が示唆するまでです。それで十分なのですけれど、最後にボーナストラックのように女性視点のエピソードが入ってます。

岩波書店から出てる文庫で、岩波文庫みたいな装丁ですが、あくまで「岩波文庫的」だそうです。古典じゃないから、だそうですけれども。