李琴峰「彼岸花が咲く島」

2021年芥川賞受賞作。記憶を失った少女が、流れ着いた島の不思議な習俗に戸惑いながら自らの居場所を求めるフェミニズム小説。
純文学でネタバレを気にするのも何だか妙な気もするけれど、「ネタバレ」なので一応注意喚起しておく。
ただ、本作の最大の魅力は、「言葉」だ。作中には「ひのもとことば」「女語」「<ニホン語>」の三種類の話し言葉が登場する。
このうち島の女たちが使う「女語」が現在の日本語に相当する。女語は女だけが覚える秘密の言葉で、男が習うことは許されない。なぜ許されないのかは、本作を構成する謎のひとつになっている。あくまで習い覚える言葉なので、どこかぎこちなさが残ったりもする。
少女の使う「ひのもとことば」は、「本来の美しい大和言葉を取り戻すために中国の影響を取り除いた」という名目で、漢字を排した日本語という設定。そのため基本平仮名で書かれるが、漢語は英語で言い換え、カタカナで書かれる。「ひのもとくにの たみは ひびの くらしと いとなみにおいて」といった文章の中に「ミーニング」「ディフィニション」「ローカル・ガバメント」といったようなカタカナが混じる。全部大和言葉にして祝詞のような文章にせず、英語が混ざることで妙な滑稽さが出る。話し言葉となると、ドラマの帰国子女っぽい感じ。
島の共通語である「<ニホン語>」は日本語、というより琉球語と中国語の混淆のような言葉である。

「長いでも没関係ラ!」
「そんな可能、どこに有するラ!」

違う言葉だが、だいたい意味が通じるという感覚が面白い。「ひのもとことば」は文法は変わらず、単語のみが入れ替わっているが、「<ニホン語>」では文法も変化している。
流麗な地の文章にこの三種類の会話体が混じり合うことによる異化作用が、最大の収穫である。
さて、島では女だけが女語を使えるほか、祭祀を執り行い、交易を管理し、島の歴史の伝承を独占する。島の首長である「大ノロ」も女性である。なぜ島の統治から男が排除されているのか、が本作の中心となっている謎であるが、ネタバレすれば、「男社会では排除と戦争が繰り返されるので女が代わって、平和な社会を作ったから」である。アリストパネスかい。話としては、「残虐な男とリベラルな女」というジェンダーバイアスの強い「歴史」を乗り越えて男女平等を目指す、という流れになっていて、文面上はドウォーキン的な敵対的フェミニズムへの批判として両性の信頼を説いているが、男性社会を戯画化した陳腐なフェミニズム小説という印象が拭い難い。単純化された平凡な類型に「ニホン」「チュウゴク」「タイワン」といった固有名詞を導入して生臭さを加えた「歴史」記述で、それまで構築された異世界が一気に中途半端な寓話に堕してしまった。希望を持たせた終わり方も、実際にはケンカした幼馴染の男と仲直りできたらいいねと女同士で盛り上がっているだけで、相手がどう思っているかなど男側の視点は無い。一方で文化の多層性を言葉を通して描きつつ、無自覚ゆえのナイーブな独善が潜んでいる。
台湾出身の作者が、「<タイワン>は<チュウゴク>に負け、」と淡々と書いているのにちょっと驚いた。日本人がロシア占領下の日本書いたり、アメリカ人がドイツや日本占領下のアメリカ書いたりとか、普通にあるけど、今書くことのセンシティブさは格段に高いのではないだろうか。