笙野頼子「発禁小説集」

現代の貧乏モノ私小説。昔から私小説と貧乏は縁が深かったけれど、令和の話なので迫り方が違う。特に「質屋七回ワクチン二回」の、質草を家探しして金策する描写は詳細ながらカラッとしていて、不謹慎かもしれないが、読んでて楽しい。「スイカに二千円突っ込めば全身に血が通う」これは「古酒老猫古時計老婆」からの引用だけど、こういう文章っていいよね。ちなみに「スイカ」は果物の西瓜ではなく、JR東のICカードです。
ただ、所謂昔ながらの左翼文化人の内輪ウケ的な、安倍政権への罵詈雑言が延々続くところもあって、全体としてはかなり読者を選ぶ本ではある。表題にある「発禁」の語は、「自分の性別は自分で決める」という性自認法制化を批判するとヘイトスピーチになって出版出来なくなる、という皮肉。実際、講談社からは出せなかった、ということだそうだ。作中でも触れられているけれど、J.K.ローリングもメチャメチャ叩かれてるしね。本邦でもトランス女性の扱いをめぐってフェミニズム内部で大論争があったのは仄聞した。TERFなる語もその時聞いた。そういえばテレビの夜のニュース番組で、トランス女性のアナウンサーがキャスターやってたのも見た記憶があるんだが、あの人はどうなったんだろう。主観的な感情を重視した先の個々人を包摂するのが、地に足のつかない空想的なポリコレしかないと結局憎悪が撒き散らされるだけという感じ。左翼文化人層が分解していく過程の記録でもある。2022年2月脱稿で、ウクライナ以前なので、状況はさらに進んでるでしょう。
フランシス・フクヤマが「IDENTITY」で、自尊心の平等、尊厳の民主化を推し進めることで社会が多様なアイデンティティグループに分断されていくと言ってたけど、ナルシシズムの暴走を正当化するばかりでは社会の和解は覚束ない。