宮内悠介「あとは野となれ大和撫子」

あとは野となれ大和撫子

あとは野となれ大和撫子

舞台は中央アジア、干上がったアラル海の跡地にできたアラルスタンという架空の国。突然の大統領暗殺で混乱するなか、イスラム過激派が首都に攻め込んでくるという情報で政府は大混乱、閣僚や議員は我先に逃げ出した。その国家存亡の危機に立ち上がったのが後宮の女性たちであった。少女たちの国家運営。とりあえずタイトルがかっこいい。
アラル海はかつては世界大4位の広さの湖だったが、ソ連時代の大規模灌漑によって5分の1程度にまで縮小している。降水量の乏しい沙漠地帯で、湖の干上がった跡地は塩害もひどく、20世紀最悪の環境破壊と言われている。小説ではその地に中近東から中央アジアまで各地の難民が集まり、テラフォーミングを施し、アラルスタンという独立国家となったという設定。主人公のナツキは、技術支援のために長期滞在している父親とともに家族で日本から来ていたが、独立時の紛争で両親を亡くし、後宮に拾われた。後宮と言っても初代大統領のハーレム兼枢密院だったものを2代目のアリー大統領が女子専門の高等教育機関に改組したもので、全寮制の女学院みたいなものだけど、高級官僚や政治家の育成機関でもある。ナツキのクソ度胸で推し進めていく展開が小気味良い。
ソ連崩壊後の中央アジアの微妙なパワーバランスと古来からの文明の交差点という歴史的背景を巧みに織り込み、チェチェンやアフガンや、各地からの難民が集まって多様な民族と宗教が同居する「自由主義の島」を成立させるというファンタジー。混乱する内政を掌握し、テロに内戦、隣国からの侵略に情報戦と山積する課題に立ち向かう過程がスリリング。情愛と相互理解で悲劇を回避して大団円に持っていく流れはファンタジーというか、お伽話的ではあるが、「20世紀最悪の環境破壊」とまで言われる地で、自分たちにとっての環境改善の方策も巡り巡って他の地域の環境にどんな変化を及ぼすのかわからない、砂漠の緑化は遊牧民の文化を破壊し、塩の結晶が析出する塩害の地も地球温暖化緩和にはプラスだ、という両義性を議論する姿勢はガチだ。
そういえば酒見賢一の「後宮小説」というのもあったな。あれも後宮の女たちが反乱軍と戦う話だった。
後宮小説 (新潮文庫)

後宮小説 (新潮文庫)