村上もとか[「フイチン再見!」

戦後すぐの少女漫画界で一世を風靡した「フイチンさん」の作者上田トシ子の一代記。
だいたい長谷川町子と同世代の人です。手塚治虫トキワ荘が有名になったんで、下手すると日本のマンガ史は手塚治虫から突然始まったくらいに思われてたりするかもしれないけど、もちろんそんなことはなくって、明治大正時代から綿々と続いていたわけです。
土田トシ子は満州国ハルピン育ちで、東京の女学校に通った後ハルピンに戻り、そこで終戦を迎えます。戦争前の国際都市ハルピンで暮らした少女時代、大正デモクラシーの雰囲気から戦時体制に向かっていく東京での青春期、そして戦時下の満州ソ連軍の進駐とハードな日本の近代史を背景に遮二無二自分の道を切り開いてきた女性の一代記です。大変な時代の中で、マンガ一本で食べていけるようになるまでの修行時代がコミカルな味付けを交えて描かれたのち、戦後日本の復興に合わせるかのように一気に人気マンガ家へと駆け上っていく。トキワ荘世代やちばてつや、松本あきら(零士)等次々登場してくる新人マンガ家の新しい感性に脅威を感じつつひたすら書き続け、ついに「フイチンさん」で独自の世界を掴む。次の第10巻で完結だそうです。
自伝的マンガはそれこそ「まんが道」を始めとしていくつかあるけれど、他のマンガ家が書いたのって断片的なエピソードはいろいろあるけど、生涯を追っかけたのは初めてなんじゃないかなあ。満州を舞台にしてるのも、安彦良和虹色のトロツキー」とか冒険活劇はともかく市民生活を描いたのはそれこそフイチンさん以来の気がする。日本の近現代史マンガとしても面白いし、圧倒的な存在感のある主人公の魅力でも読まされる。猪突猛進で負けず嫌い、カラッとしてるけど意地っ張りで、悪気はないんだけど気分屋で機嫌が悪いと周りに当たり散らしたり子供っぽい主人公のキャラ造形がまた絶妙に愛おしい。上田トシ子本人とどのくらい違うのか同じなのか、分からないけれど、何をやっても読者に憎まれないキャラを表現できるのはさすが村上もとかです。フイチン再見! 2 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 3 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 4 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 5 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 6 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 7 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 8 (ビッグコミックス)