スティーヴン・キング「トム・ゴードンに恋した少女」

トム・ゴードンに恋した少女
お勧め度:AAA

トム・ゴードンに恋した少女 (新潮文庫)

トム・ゴードンに恋した少女 (新潮文庫)

「世界には歯があって、油断していると噛みつかれる。」これは世界に噛みつかれた少女が、世界と戦う話だ。都会育ちの9歳の少女がハイキングに行った先で道に迷い、何十キロと広がる森の中でひたすら生き延びるという設定のサバイバル小説。死ぬかもしれない、負けるかもしれない、でも自分には負けない、と最後に少女は決意する。悪意と不条理の世界を受け入れ、戦い、そして勝つ。少女が大ファンの野球選手、トム・ゴードンのエピソードや父親との思い出、森の中で切れ切れに浮かぶそれらの一つ一つが伏線となって、最後に見事につながる。ちゃんと一つ一つのエピソードに意味があって、少女の心理の動きを描写するようになっている。よい小説です。私的にもツボなんでトリプルA。
キングには、ちょっとしたことで生死の境に立たされてしまった人間を詳しく描写する話というのがいくつかあって、クージョもそうだし、ジェラルドのゲームもそう。ザ・スタンドにも、看守もみんな死んでしまって独房にひとり取り残された囚人が生き延びるエピソードがあった。設定としては派手ではない、どちらかというと地味なんだけれど、それだけにありそうだし、実際に自分の身にふりかかればとても困る。死んじゃうからね。だからリアルな恐怖にもつながるんだけど、ほとんどの時間はただ困ってあせるだけだったりもするからともすると起伏に乏しくなるところをぐいぐいと筆力でよませちゃう芸があってこそ活かせる設定ではある。悪意の象徴としてスズメバチがでてくるけど、ミザリーとかシャイニングとかでも使ってたから、気に入ってるんだろうね。