Let It Go (「アナと雪の女王」)


自分の内に抱え込んだ「魔法」という秘密をもてあまし、引きこもっていた少女が、誰もいない雪山の頂上で初めて自由になれたと喜び、壮麗な氷の宮殿を建てて行くさまは、痛ましくてなにやら胸に迫るものがある。リンクしたムービーは映画本編で使われているシーンで、ディズニーチャンネルで配信しているもの。日本語字幕付き。Let It Go のクリップはいくつかバージョンがあって、同じイディナ・メンゼル版で英語歌詞の字幕がついてるsing-alongもある。*1それと松たか子の日本語版。*2デミ・ロバートが歌うPV。*3さらに25カ国語版だとか、いろいろ。
デミ・ロバート版は、イディナ・メンゼル版といろいろと違っている。イディナ版はミュージカルナンバーということで、宮殿を建てるシーンに合わせてお話を進めていかなければならない都合からサビの繰り返しとかも最小限になっている。対してデミ版はポップスとして独立したつくりで、オリジナルのエッセンスを凝縮したサビのフレーズが繰り返される。イディナ版を一応オリジナル、とすると、オリジナルはアニメの映像と不可分で曲を聴けば映像がたちまち浮かんでくるのに対し、デミ版は曲がメインで、モンタージュされたアニメの映像が繰り返し浮かんでくる感じ。歌詞も魔法に関連した表現が消え、もっと一般的な表現になっている。オリジナルの2番も歌詞の前半部分、映画のシーンで言うと、エルサが氷の橋を作りに駆け出して行く前まで同じで、そこから先はほぼカットされたような内容で、歌詞だけ読むとかなり暗い。でもデミ・ロバートの歌で聞くとえらくポジティブな印象になるところがすごい。
日本語版の歌詞はかなりニュアンスが変わっている印象で、すっかり日本の歌謡曲になっている。歌詞を比べるとずいぶん思い切った意訳なんだが、映像に合わせるとなんの違和感もなくぴったり合うのはすごい。
少し訳文を比べてみる。まずタイトルで、かつ歌の中でもサビでなんども繰り返されるキーワードである「Let it go」。辞書を引くと、意味は「忘れる」とか「諦める」とか書いてある。「もうその件は忘れて」とか、そんな感じで使う言葉らしい。字幕の訳では「もういいの、かまわない」。でも日本語版は「ありのままで」だ。それは「Let it be」だと思うんだが、まあこれまで隠してきた秘密がバレてしまったことに対して「これで構わない」と言ってるので、意味内容としてはそう違いはない。

Let it go, let it go
Can't hold it back any more
Let it go, let it go
Turn away and slam the door

ありのままの姿見せるのよ
ありのままの自分になるの

となっている。原文は、もう忘れよう、これまでのことは全部捨てよう、と自分に言い聞かせている感じがあるけれど、日本語の方はもっと前を見ている感じ。
氷の橋を駆け上がって、いよいよ氷の宮殿を立ち上げようとする直前、曲が盛り上がる聞かせどころ

Let it go, let it go
You'll never see me cry
Here I stand and here I'll stay
Let the storm rage on

字幕だと

これでいいの かまわない
二度と涙は流さない
自分の道を行く ここは私の王国
嵐よ吹き荒れるがいい

これは名訳だと思う。力強く踏みしめた足から広がる氷の魔法陣にかぶさって「Here I stand and here I'll stay」と歌うとこrは屈指の名場面だと思うのだけれど、この絵にはまる訳文はなかなか出せない。ここが日本語版だと

ありのままで飛び出してみるの
二度と涙は流さないわ

となっている。原文の直前のフレーズ「I am one with the wind and sky」を引っ張って、Here I stand 以下は訳出されていない。決意の表明として、充分意味は通じるんですよね。ただここは曲全体の中心となるキメのキーワードだと思うので、消えてしまっているのが悲しい。原詞では、前半ずっと過去への未練を断ち切ろうとして引っ張ってきたものが、ここでここが自分の居場所だと宣言して自己肯定を歌い上げるキーワードになっている。デミ版だとサビのフレーズとして何度も繰り返されているが、やはり曲全体をポジティブにするためのキーワードだからだろう。日本語版は自己否定から自己肯定に向かうダイナミズムがないので、転換点となるキーワードもいらないのだろう。
続き:Let It Go (「アナと雪の女王」)(承前) - ねこまくら

映画本編の感想
アナと雪の女王 - ねこまくら