Let It Go (「アナと雪の女王」)(承前)

英語版と日本語版の違いについて、もう少し書く。前回は Let It Go (「アナと雪の女王」) - ねこまくら

英語版では、パニックになって逃げ出して来たあとの後悔がまずあって、それから怒りがわき上がり、開き直って自己の肯定に至る。その最初のパニックから冷静になっていくあたりが

The wind is howling like this swirling storm inside
Couldn't keep it in, heaven knows I tried

自分の中で渦巻いている嵐、というのは魔法の冷気となって迸る激情である。抑えようとしたけれど抑えきれなかった、でもわざとじゃないよ、と。

Don't let them in, don't let them see
Be the good girl you always have to be
Conceal, don't feel
Don't let them know
Well now they know

それから父王との約束が羅列される。それは自身の内なる恐怖から身を守るすべでもあったけれど、自分を閉じ込める檻でもあった。ここで、彼女は自分の中の怒りに気づく。枷に囚われ、閉じ込められていたことへの怒り。しかし檻は壊れた。約束はもはや無意味になった。努力したけれど、守りきれなかった。全てが破れた、と思ったところで、彼女はその後に残されたもの、すなわち自分自身を発見する。
これが日本語版だと

風が心に囁くの このままじゃだめなんだと
とまどい傷つき 誰にも打ち明けずに
悩んでいた それももうやめよう

皆の目の前で魔法を暴走させて、なにもかも放り出して逃げてきた経緯がきれいに消えている。英語版では「風」は制御できない感情の比喩ですが、日本語版ではむしろ理性の声だ。英語版では"Don't let them know"と父王の言葉で示されるが、日本語版ではただ一人で悩んでたと言うだけだ。英語版では、もうバレちゃってみんな知ってるんだから、今更隠せないよという開き直りがあって、その次の「もう嫌なことは忘れよう」"Let it go"につながるが、日本語版にはそうした心理は見えてこない。思春期の悩み、といった一般化がなされている。
日本語版は、物語の文脈とは別に、「ありのままで、自分らしく」というJ-POP的なパターンで歌詞を作っているように感じた。

あと、決め台詞の

The cold never bothered me anyway

日本語版だと

すこしも寒くないわ

字幕も「寒さなど平気よ」と同様。でも、原文は"bothered"過去型なのだ。単に寒いのは気にならない、というんなら現在形になるんじゃないだろうか。過去型なんだから、今現在やこれからのこととは違う話をしてるんだと思うんだが、過去というと凍った部屋の中で一人座ってたときのことなんだろうか。冷気の魔法のせいで苦労してきて、悩まされたことがない、というのも不思議な話だが、これは寂しくはあったけれど、凍り付いた部屋の中でも寒かったわけではないということか。一人でいるのも寒いのも、もう慣れた、という意味なのか。そもそも例えば、そんな薄着で寒くないのかとか聞かれたときに、"The cold doesn't bothere me" とか言うのかどうかもよくわからない。なんだかひねった言い回しのような気がするけれど、案外普通なのかもしれない。
youtubeでいっぱい見れるカバーで、これが言いたくて歌ってみたんだといった感じで嬉しそうに歌ってたりするんで、なんかツボに入るような言い回しなんじゃないかと思うんだけれど。

映画本編については
herecy8.hatenablog.com

追記 (2020.4.27)

岡田斗司夫YouTubeでアナ雪を語っていて、Let It Go のシーンをエルサが人間からモンスターになっていくシーンだと説明していて、面白かったんだけれど、そこで

The cold never bothered me anyway

を、もともと寒くなんかなかったんだ、というふうに訳してた。雪山を凍えながら登っていたエルサがマントを脱ぎ捨て、どんどん寒さを気にしないようになっていく過程で、寒さを感じる=人間らしさを失っていくんだと説明し、そういえば昔から寒さは気にならなかった、と思い返して人間としての自分を消し去る、という構図。
確かにそれなら過去形だよな。