アナと雪の女王

予告編で見た「Let It Go」のミュージカルシーンが素晴らしくて、封切り日に本編を見に行った。イディナ・メンゼルが熱唱する名曲と、ミュージカルアニメの王者ディズニーが総力を挙げて作り上げた画像の見事なコラボレーションで、この凝縮された4分間に100分の本編に匹敵するドラマがある。youtubeで繰り返し見て、魔力を持つエルサの孤独とか抑圧とか、自分を疎外した社会への未練とか抑圧からの解放の喜びとか、まあそういったものにたっぷり思い入れして、見に行った。そしてびっくりした。こういう映画とは思わなかった。……一応ネタバレなので空行はさみます。



アンデルセン雪の女王からインスパイアされた本作「Frozen」は、原作とは似ても似つかない。原作は雪の女王に連れ去られた幼なじみの少年カイを少女のゼルダが連れ戻そうとして不思議な旅をする話。こちらは、雪の女王となった姉のエルサを妹のアナが連れ戻そうとする話。でもこれって、かなりセクシャルな話なんじゃないの。
本作では、象徴的な三角関係の構図が2回描かれる。最初は舞踏会のシーン。アナがハンス王子を連れてきて結婚したい、と言ってエルサが怒る。姉妹は口論になり、激情のあまりエルサは氷の魔法を使ってしまい、出奔する。王国が氷漬けとなり、エルサが雪の女王となる重要なシーンだ。
二度目は最後のクライマックス。アナは自分に向かって必死に走ってくるクリストフと、ハンス王子に殺されそうなエルサとを見比べて、自分の身を投げ出してエルサを守ろうと駆け出す。その結果アナは氷の像となってしまうが、エルサが「真実の愛」に気づくことによって呪いは消え、アナも王国も助かる。
この二つのシーンを説明するのに「三角関係」という単語を使うことには違和感があるかもしれない。しかし、どちらの場合も、アナが男と姉とどちらかを選ぶことを迫られている。選ばれなかったことでエルサは雪の女王となり、選ばれたことでエルサは「真実の愛」を得る。
これは美しい「姉妹愛」だ、というのが建前になっている。でも、たとえば家族の絆を描こうというのなら、両親の扱いが酷すぎるのはなぜだろう。両親はプロローグの段階であっけなく死んでしまい、その後は思い出されもしない。早々に物語から親を追い出す展開は、まるで深夜のハーレムアニメみたいだ。このアニメは、明らかに家族の物語なんかではない。
でもだからって百合アニメだというのは短絡だ、と思われるかもしれない。ではこれはどんな「物語」だろう。物語を動かしてサスペンスを作っているのはハンス王子やウェーゼルトン公爵の陰謀だけれど、これはメインとなるプロットではない。両者はバラバラに動いてるし、悪役としても小物だ。ケンカした姉妹が仲直りする話?しかしアナはずっと一貫してエルサが好きだし、エルサのために奔走しまくる。心を閉ざしたエルサを救う救済の物語、と要約すれば的は外していないだろう。王国の危機をもたらしたのはエルサの魔力の暴走だし、エルサがアナを拒絶し、心を閉ざすのも魔力の暴走を恐れてのことだ。つまり、暴走する魔力のもたらす悲劇とその救済ということになる。では、その魔力とはなんだろう。
エルサは素手で触れたものを凍らせ、さらに自分の周囲も冷却する力を持つ。だが、魔力を持つ魔女であることが問題なのではない。「事故」が起こるまではその能力を使って姉妹で遊んでいたのだし、映画のエピローグではその能力を見せ物に使って街の人々を楽しませている。危険だの忌まわしいだのと言っていたのは他所からきたカツラの公爵だけだし、その公爵は始めから王国に好意を持っていなかった。偶々エルサの魔法がアナに当たってしまうという事故があって、「魔法」の危険性に気づいた父親の国王が、魔法を閉じ込めたのだ。
「Don't ket then in, Don't let them see」「Conceal, don't feel」誰も入れるな、見せるな、隠せ、何も感じるな、とLet It Goの歌詞にあるが、これはその前のシーンにも出てくる。戴冠式のために、その言いつけに拘らず宮殿を解放するシーンだ。人を殺しかねない危険な力を制限するのは当然だし、暴走を恐れて抑制するのも理解できる。でも、誰からも遠ざけて秘密にするのはなぜだろう。感情を抑圧するのはなぜだろう。
エルサの魔法に当たったのは二度ともアナだ。刺客に襲われたエルサは魔法で対抗するが、魔法を直接当ててはいない。アナだけなのだ。エルサの魔力は、アナに向かうのだ。だから危険で、隠されるべきものなのだ。エルサの魔法とは、彼女の性的欲望そのものである。無邪気に魔力と戯れていたエルサは、その対象をアナに向け、アナは傷つく。だからアナの記憶は消され、エルサは隔離される。エルサがアナを拒絶するのは、自分の欲望を恐れるからだ。
ディズニー初のダブルヒロインというけれどほとんどの時間がアナの活躍で、エルサの葛藤はあまり掘り下げて描かれない。活躍するヒロインに比べて男の扱いが軽く、アナを裏切るハンスは小物だし、ヒーローのポジションにいるクリストフは「真実の愛」の相手かと思わせて肩すかしをくわされる始末。両親の唐突な退場もご都合主義的。と、ツッコミどころはいくらもあるわけだけれど、それはみんな隠されたテーマに関係する。つまり性的欲望の肯定である。
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