門田充宏「風牙」

風牙 (創元日本SF叢書)

風牙 (創元日本SF叢書)

コニー・ウィリス「クロストーク」の訳者後書きで大森望が紹介してたので読んでみた。
コニー・ウィリス「クロストーク」 - ねこまくら
記憶データのレコーディングが可能になった世界の話。ただし眼に映るもの、体に感じるものをどう解釈するかは人によって違う。他人の感覚は理解できない。ただ記録しただけの記憶データは当人だけにしか意味をなさない。しかし、他人の感情、感覚にシンクロする過剰共感能力者は、他人の記憶データを解釈して、翻訳辞書を作ることができる。過剰共感能力によって当人の主観である記憶データを第三者視点で再構成して、誰でも理解できるように映像化する技術者がインタープリターであり、主人公の珊瑚は、トップレベルのインタープリターである。
記憶の中に潜行して、人の無意識が築き上げた謎を解いていく、精神分析SFとでも言うのか。ミステリとしての謎の引っ張り方もあざとさが無くて、気持ちよく読める。珊瑚の陽性なキャラと、トボけた関西弁がシリアスな内容をうまくコントロールして読み味をよくしている。他人の記憶を体験できる商用プラットフォーム、疑験都市「九龍」とか、ギミックも魅力的。
で、この過剰共感能力って、実在するみたいなんです。
9つの脳の不思議な物語

9つの脳の不思議な物語

他人にはない特別な能力や体験を引き起こす「奇妙な脳」について、イギリスのサイエンスライターが当人たちへのインタビューを元に書いた本です。これまでの人生のすべての日を記憶してる人や、自宅の中で迷子になってしまう人たちと共に、他人の痛みや触覚を自分の身体でも同時に感じる「ミラータッチ共感覚」の持ち主についても解説しています。本書によれば、誰でも脳の中に、他人の動作を見たときに、自分が同じ動作をしたときと同じように反応するミラーニューロンがあるそうです。通常は同時に、自分はその動作をしていない、という自分の身体からのフィードバックがあり、自分と他人との区別がつけられます。しかし、ミラーニューロンの反応が強く、自分の感覚と他人の感覚の区別がつけられないという人たちが紹介されています。本書でインタビューに答えた人物は、目の前の人物が唇を噛めば同じ場所がヒリヒリするし、膝に手を置けば自分の膝の上に手が載っているように感じると言っています。スマホで話してる人を見れば自分も頬に押し当てられたスマホの平べったさを感じるし、走っている女性を見れば揺れる髪を背中やうなじに感じるのです。それだけではなく、相手の表情や姿勢、無意識の小さな動きを感じることで、相手の感情、心の動きを感じることができるのだそうです。いわば究極のコールドリーディングですが、それはもうテレパスみたいなもんですよね。
それから、テニスのコーチの動きを見て自分の身体に感じた後、自分で動いてみると何が正しくてどこが間違ってるかがすぐわかるので、スポーツとか身体的なスキルの習得には便利な能力だそうです。
ただ、他人の感情に巻き込まれて不意なパニックに陥らないように、自分を落ち着かせるメソッドを色々準備したり、ホラー映画とか見て自分を慣らしたりしているそうです。