ポー・ブロンソン「マネー!マネー!マネー!」BOMBARDIERS

マネー!マネー!マネー! (Book PLUS)

マネー!マネー!マネー! (Book PLUS)

まずお断りをいれとくけど、これはミステリじゃあないよ。ヘンな本です。「吹雪の中でも手袋ひとつ売れない役立たず」から砂漠でアラビア人に砂を売りつけられるやり手のセールスまで、めちゃくちゃな人間が架空の投資銀行で、これまためちゃくちゃな債券を売りまくるという小説。筋を追うよりは、ハイになったりブルーになったり アップダウンする文章表現のリズムに乗ってお祭りの屋台でもひやかすように読んでいって、小説後半の 怒濤の展開までたっぷり堪能するのがいいと思う。書いてあることはトンでもないんだけれど、でも考えてみれば バブルが膨らんでいく時の「資本主義の現場」の狂騒ってこんな感じだった。描写というよりは、雰囲気ってゆーかノリがリアル。
ギャグとして誇張された表現が、現実になることでもう一度ギャグになるとか、 メタ・ギャグみたいのもあるけど、まあここでギャグの解説なんかしてもしょうがない。 金融用語とかなんの説明もなくバンバン出てきて、それは全部読み飛ばしてしまっても一向構わないんだけれど、 気になる人は気になるかも知んないね。バカ話系SFだと思って読むのが一番だと思う。 昔はワープとか、SF用語に解説がついてたじゃない。今だと読者の蓄積を前提にできるからいちいち説明しないでしょ。 ただ金融工学SFってまだそんなにないしい、訳者あとがきもなんか単なる内容紹介だし、背景説明くらいしときましょうか。 債券で、しかも発行市場となると、親しみのある人ってそんなにいない気がするから。 そんなん全然気にしないって人はこっから先は読まなくてもいいっす。



日本では「銀行」で「営業」と言うとあの手この手の預金集めみたいなイメージがあるから、証券会社で株売ってるような 投資銀行のボンド・セールスは違和感があるかもしれない。でも、小口から大口まで預金を掻き集めて融資する代わりに、 資金を調達したい会社にまず債券を発行させて、その債券を売りまくって資金を手当てするってことでお金の仲介をしてるのは おんなじなの。融資より債券、つまりボンドで資金調達すんのがアメリカ流なんだ、くらいに思ってればいいです。 ただ売る先は大口だけ。ホールセール(卸売り)だから百万ドル、まおおざっぱに1億円だと思っていいけど、それ以下の単位はない。
プロ同士の駆け引きってことになるんだけど、駆け引きのネタになるのは金利の見通しとクレジット、つまり信用力。借金を返せそうかどうかってことで、ちょっとヤバそうだと思われると値段はドンドン下がってく。事業が不調だと半分になったり三分の一になったりすることだってある。かといって事業が好調だからって元本以上の金が返ってくるわけじゃない。こう言うとなんか悪いことばかりみたいだけど、 それでも金利が付くっていうことは魅力なの。
債券の値動きってのは株に比べれば全然小さいし利息ももらえるかわりに、動くときは一気に、しかも一斉に動くから逃げ場がない。 主人公は「モーゲージの帝王」と呼ばれる男なんだけど、このモーゲージってのがさらに極端で、金利は高いんだけど、値下がりするときは 他の債券と一緒に下がるくせに他の債券が上がってもついてかない。かえって損することもあるというシロモノ。なぜかは説明すると長くなるんで省略。 まあ、ヘタ打ちゃ大ヤケドするようなもんと思っててくれい。
最初にネタにされてるRTCってのは、日本で銀行が軒並み潰れかけたときお手本のように言われてたアメリカの破綻金融機関整理の会社だ。 価格がリッチだっていうのは要するに値段が高すぎるってことね。ひどい債券の典型のように言われてるフレディ・マック・アジャスタブル ってのはモーゲージのリパッケージ債。リパッケージ債ってのは、なんかそのまんまじゃ売れなくなった債券に化粧直しさせて体裁を 整えて売りやすくした債券だ。別にリパッケージがいけないことはないけれど、客のわがままをきいて見栄えをよくした分、落とし穴も 大きく広がってることも多いってこと。
債券を売買するっていうのは、これから毎年毎年利息を払ってって、5年ごとか10年後とかに元本を返しますっていう将来にわたる 約束を目の前の現金と交換するっていうこと。住宅ローンだって変動金利とか固定金利とか、元利均等とかいろんな種類があるでしょ。 そういうのに全部同じ基準で値段をつけていくっていうのは金融工学の基礎で、デリバティブだのなんだのと小難しそうな話も全部こっから始まる。 逆に、将来のキャッシュフローになんでも値段をつけられるってことは、借りた金をどう返すのか、貸した金をどう返してもらうのか、 自由に設計できるってこと。ただ借り手と貸し手両方に都合よくしようとするとどっかに歪みが出るのが普通で、その歪みを押付けようと 借り手(発行体)、貸し手(投資家)、仲介の業者(アンダーライター)三者の駆け引きが展開されるのがプライマリー(発行市場) ってわけ。借り手が低い金利で発行してそれに業者が高い手数料をのっければ投資家にとっては「クズ同然」だ。それをいかに 丸め込んで売り捌くのかは、小説を読んでくれ。