井上達夫「リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください」

憲法と安全保障など、現下の時局を論じることから始めて、筆者のリベラリズム論を概説しています。国内のリベラルの偽善性や護憲派の欺瞞を糾弾し、返す刀で西欧的理性の堕落を批判する。キャッチーなタイトルと平明な文章で読みやすいけれど、中身はなかなか硬派です。
著者は憲法9条は絶対平和主義であり、非武装中立主義が政治的に破綻して以降の「護憲派」は政治的欺瞞だと批判します。自衛隊日米安保を容認するなら、すでに解釈改憲の実利を得ているわけで、自分の気に入らない解釈に「違憲」のレッテルを貼るのは政治的なデマゴギーだし、自衛隊や安保も「違憲」だと主張して整合性を保っても、それは非武装中立主義の破綻を無視している、というわけです。まあそもそも平和憲法日米安保は最初からセットだった、という話もあるので、日米安保なしで平和憲法が存立できるのか、というのは疑問ではありますが。ただ護憲平和主義が安全保障に関する判断停止をもたらして、日本のリベラルを頽廃させたというのはその通り。
さらに著者は、ロールズの政治的リベラズムを徹底的に批判します。政治的リベラリズムというのは、リベラルな正義原理は立憲民主主義の伝統を持つ社会の政治文化に内在する一致の合意に依存して、哲学的な正当化はできない、というもの。つまり、立憲民主主義の伝統のない社会とはリベラルデモクラシーのコンセンサスは成り立たない、だから非民主的でも、差別社会でも、節操があればいいじゃん、というもの。
この辺は興味があれば本書を読んでくださいなんだけれど、読んでてなんか、「人権」や「民主主義」を普遍的価値として信頼していた西欧的理性が、イスラムだの中国だのを相手にして、ついに匙を投げちゃったのかなあと思った。で、それを日本の法哲学者が怒ってる。西欧の普遍主義の限界、という問題意識を反映したロールズの、ある種の誠実さではないかという気もするんだけれど。その辺りはポパーデリダだと現代哲学史の解説を挟みながらなので流石に読むのに時間かかるけど、興味深い内容です。第45代米大統領ドナルド・トランプ - ねこまくらでも触れたけど、【寄稿】『中央公論』9月号に宇野重規さんとの対談が – 中東・イスラーム学の風姿花伝の問題意識に通じるように思います。
著者はリベラリズムの核心的価値は「正義」であると主張しています。それは「啓蒙」と「寛容」によるけれど、不寛容に対して寛容になるべきではないと言います。ただ具体的にどうするのか、という点は本書だけではよくわかりません。軍事介入には慎重に、というくらい。また、正義から独善を排除するために、誰にも確知できない未知なるものとして「客観的なるもの」を主観的信念を超えた真理として想定すべきだ、と言います。それってなんか「神サマ」みたい、とか思ったけど。
とりあえず色々と考える取っ掛かりにできる本なので、割とおすすめです。