渡辺優「自由なサメと人間たちの夢」

自由なサメと人間たちの夢 (集英社文庫)

自由なサメと人間たちの夢 (集英社文庫)

「ラメルノエリキサ」で小説すばる新人賞を受賞した渡邊優の受賞後第1作にあたる短編集。相変わらずキレのいい文章で、読んでいて気持ちが良い。作者の描く人物は、輪郭のはっきりした、いわばキャラの立った人物で、自分の核となる欲望を抱えたストレートな人間なんだけれど、これはキャラクター小説というわけではない。「皆、各々が信じる夢の中で、生きている」人間たちがすれ違い、あるいは交錯する世界。そして、自由に泳ぐサメ。
「ラスト・デイ」の宮村朋香は死に憧れて、心の底から死にたいと思っている。しかし死が一度きりの体験であることを思うと、もったいないという思いがあって、自殺未遂を繰り返している。
「ロボット・アーム」の後藤太樹は事故で右手を失い、義肢を得た。最初は普通の腕で十分と思っていたが、強化オプションで握力を強化し、やがてより強い「力」が欲しくなっていく。
「夏の眠り」の理志は、明晰夢を見るための訓練を重ねる。明晰夢とは完全に自分の意志でコントロールできるリアルな夢のことである。だが彼が夢の中で叶えたかったものはなんだったのか。理志は夢の中で自分と向き合うことになる。
「彼女の中の絵」の古賀隆は美大出のアマチュア画家で、オリジナルの絵が描けずに趣味で模写を続けている。記憶の中の絵を探している女性と出会い、朧げな絵のイメージを聞いているうちに、初めての創作意欲が湧いてくる。
「虫の眠り」は、「虫」とあだ名をつけられ、いじめられている高校生小野寺知実に関する話。知実が美結をボールペンで刺したところから始まり、周囲の人間から見たそれぞれの知実像が語られていく。有吉佐和子「悪女について」とか岡崎京子「チワワちゃん」とか、周囲の人間のバラバラな証言から人物像を描いていく作品はいくつかある。互いに矛盾するような証言を組み合わせていった最後に、市民ケーンの「バラのつぼみ」のような真実が現れたりすることが多いのだが、そうした期待は裏切られる。
表題作と言えるんだろう、「サメの話」はサメを飼うのが夢で、キャバ嬢やって稼いだカネをつぎ込んでサメを飼うヒロインの話。マンションでワニ飼ってた岡崎京子「Pink」をちょっと思い出す。ヒロインはお店でスズちゃんと呼ばれてるが、実は本名が高橋鈴香である。本名そのまま源氏名にしたのか。スズちゃんは自堕落で短期で情緒不安定でどうしようもなくって、そんなダメな自分を持て余してる。そんな自分に美しい秩序を与えてくれる存在が、サメなんだと信じてる。サメがいれば自分も少しはマシな自分になれるのではないかと思い、それがダメならばサメに食べられたいと思う。
最後の「水槽を出たサメの話」は「サメの話」の続きで、サメ視点。サメは自由だ。水槽を出たからではない。夢の中に囚われ、各自の夢の中で生きている人間たちとの対比において、ただ生きて、楽しむ、自由なサメ。

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