橋本治「お春」

お春 (中公文庫)

お春 (中公文庫)

「「愚」と云ふ尊い徳」という一文に谷崎潤一郎の豊潤な作品世界の根源を見ていた橋本治が、谷崎生誕130周年を記念したオマージュ作品として、「夢のような愚かさ」を書いた作品。時代は幕末安政年間。浅草の大店の一人娘、お春は「「許嫁者」と聞いただけで、振袖の袂を抱えて野の土手道を走り出したい気分になる」初心な箱入り娘だったが、ある夜を境に色と恋とに溺れていってしまう。
確かに登場人物はそれぞれに愚かである。愚かゆえに不幸であるとか、愚かゆえに幸福であるとかいうことは無い。徳目としての愚かさである。ただ美貌の若侍は、何も無い空洞なので「愚かさ」も持ち合わせていない。
江戸時代で、お嬢さんだから着物の描写がふんだんに出てくる。時代小説でファッション描写というと有吉佐和子を思い出すけれど、橋本治も負けてません。着物の色目や模様の細かい描写が情景描写だけでなく心理の綾を描き出す。