村田沙耶香「丸の内魔法少女ミラクリーナ」

丸の内魔法少女ミラクリーナ

丸の内魔法少女ミラクリーナ

芥川賞作家村田沙耶香の短編集。妄想と現実が鬩ぎ合う、汀の物語。でも読み終わると、いい百合SFだったなあと思える。
表題作はまさに、魔法の話。36歳のOL茅ヶ崎リナは魔法のコンパクトで魔法少女ラクリーナに変身して、日夜闇組織ヴァンパイア・グロリアンと戦っている、という「設定」で、ストレスフルな職場の毎日を乗り切ってきた。小学校で同じ魔法少女仲間だったレイコはもう魔法少女を卒業しちゃったけれど、今でもずっと親友だ。そんなレイコが付き合っている彼氏はひどいモラハラ男で、レイコは彼氏と喧嘩をしてはリナの家に逃げ込んでくる。リナは二人を別れさせようとするが、なぜかその男と二人で魔法少女として東京駅をパトロールすることになる。何を言ってるんだかわからないかもしれないが、そういう話なんだ。魔法少女が純文学になるとは思わなかった。実のところレイコが一番魔法少女に真剣で、それは現実を超えた純粋な、生きる糧となる”なにものか”なのだった。妄想が現実を駆動する。
秘密の花園」は奥手な女子大生が初恋の相手を監禁する話。サイコパスなホラーかと思って読んでたら、ただのビッチだった。ミラクリーナの暗黒面、とでもいうか、妄想の透明なエロスと生々しい実存との鬩ぎ合いに関する話だと思うんだけれど、おじさんにはピンとこなかった。現実が妄想を打ち砕く。
「無性教室」は性別を禁止された学校での、性別とは無関係に成立する恋愛とセックスの話。70年代少女マンガの、少年愛の美学を深掘りしていったような、「性もなく正体もわからないなにか透明なものへ向かって投げだされる」愛を描いたもの。現実を妄想に寄せて変容させる。
「受容」は、世の中から怒りの感情が無くなってきていることに違和感を覚えた主婦の真琴が、若者に怒りのパワーを取り戻させようとして、なもんで、まみまぬんでらしてしまう話。喜怒哀楽の感情といえどもそれは人間精神の本源的な働きではなく、新しい感情が発見され、名付けられ、流行となっていく。若者の風俗に違和感を抱く真琴の現実も、実は異様で、ワンピースの上から腹巻を巻くファッションが普通とか、読者の現実とはかけ離れている。妄想と対比されてきた現実は、曖昧で不確かな存在である。まあ「萌え」とか「エモい」とか「尊い」とか、名付けられることで表れる感情って、あるよね。現実もまた、言葉を介して立ち上がってくる以上、言葉によって操作されてしまう。