野尻抱介「ピニェルの振り子」銀河博物誌1

お勧め度:AA+

ピニェルの振り子―銀河博物誌〈1〉 (ソノラマ文庫)

ピニェルの振り子―銀河博物誌〈1〉 (ソノラマ文庫)

19世紀の博物学者が超光速ロケットで探検する、その設定だけでもう勝ちは決まったようなもの。恒星間ロケットはあってもカメラはない、軌道計算は計算尺、という世界です。作品はSFの1つのアイデアを大本に据えて、しっかりした構成で読ませます。筋を追っかけていくだけで、不思議な世界の見所を一通り堪能できる仕掛けになってます。
ヒロインは綾波レイとミスタースポックの娘といったところ。価値判断の基準が非常に明確で迷いがない。無愛想だし、人前で着替えをする。せっかくなら挿し絵は山田章博がよかったなあ。

「アホガキとウケネライのアヤナミ」という批判が多い、という話を聞いたのでちょっと加筆。
アホガキ、というのはきっと前半、主人公のスタンが船に乗り込むまでの猪突猛進を指しているんだろう。だが、そのアホガキの向こう見ずを救うために物語が半歩でも譲歩しているか?無用な障害を作って展開を遅らせているか?全くない。つまり物語の必然性に則ってるってこと。これが大事。ヒロインのモニカから綾波を連想するのは、まあ今だったらしょうがないけど、でも同じじゃないでしょ。内ハネじゃないし(笑)究極の観察者としての画工を少女キャラにして、対照的な行動派の少年と組ませる、というとこがこのシリーズのミソなんだから。そもそも最も互いの魅力を引き出すように正反対の性格のキャラを組ませるってのはキャラ立ての基本というか、それこそ「ベストセラーの書き方」なんかにも必ず載ってそうなセオリーだけど、それが奏功してるからこそ、こんなに面白い小説になってるわけじゃん。沈着冷静なばかりのモニカに体当たりでぶつかって活力を与えるスタンという構図は、ピニュルの振り子そのものとも重なって互いに呼応して物語の大きな構造を支え合ってるわけで、この小説の骨格そのものでしょう。細かい伏線の処理から、キャラの配置に合わせた物語の構造まで、こんな見事に仕上がってる小説なんて、そうそうないよ。そこまでわかった上で、「アホガキとアヤナミのカラミ」の小説って言ってんならともかく、そうじゃない気がしたもんで。
キャラの配置で言うと、博物商を金もうけの好きな俗っぽい人物にするとまた違った話になるけれど、それじゃ野尻抱介の小説じゃなくなるだろうなあ。スポンサーでもある蒐集家も超俗的な変人が金と身分で趣味を通してる感じだし(こう書くとなんかヤな奴っぽいけどそんなことないです)世俗的な俗事の処理を誰が担当するんだろうかなあ、と次作以降の展開をちょっと気にしてます。謎を解き明かし、一つの解答を出したとしても、それを現実に実行するためには世俗的な手続きが必要になって、そこまで書かないと小説として終わんないから。もちろん本作のパターンは充分アリなんだけれど、できれば毎回違うワザが見たいなあ、と期待してます。