「ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由」

ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由

ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由

記憶力選手権、というのがある。シャッフルしたトランプの順番だとか、ランダムに並んだ数字とか単語とか、そういうのを短時間でどれだけ正確にたくさん覚えられるかを競う競技で、世界各地で開催されている。その出場選手に興味をもったジャーナリストが、自ら記憶術を実践し、ついに全米大会でチャンピオンになってしまうという、ある意味究極の体当たりドキュメント。
ここで紹介される記憶術は「記憶の宮殿」と呼ばれる。BBCのドラマ「シャーロック」でも出てきたアレだ。要は覚えたい事柄を、空間的な記憶に結びつける。まずよく知っている場所を選ぶ。例えば自分の家でよい。そこで、買い物メモを覚えるんだったら、買う物を一つづつ玄関から始めて、自分の家のいろんな場所に置いていくことをイメージする。その際、できるだけ鮮烈で極端なイメージの方が忘れない。タマゴだったら、椅子のクッションの上でタマゴが割れてひどいことになってる、とか。ただ自分の家だけでは置く場所が足りなくなるから、いろんな場所や建物の中を覚え込んで、レパートリーを増やしていく必要がある。また、数字だとかトランプのカードだとかも、一つずつ特別なイメージを作って、その対応を徹底的に覚え込む必要がある。つまり、記憶術のためには、まず準備として大量に暗記する必要がある。イメージの作り方にもいろいろテクニックがあって、例えばPAO法というのだと、対象(object)に対して動作(action)してる人物(person)をイメージする。34ならマイクにむかって低音で歌うフランク・シナトラ、14はサッカーボールを蹴ってるベッカム、79はマントを着て飛んでるスーパーマン、といった具合。これを0から99まで100種類覚える。そうすれば、341479はシナトラ(34)が、蹴ってる(14)マント(79)、793413はスーパーマンが低音で歌ってるサッカーボール、というように3つのイメージを1つに圧縮して覚えられるようになる。まあそれだけでも充分大変だが、さらに競技種目にあるトランプの早覚えのために、52枚のトランプそれぞれのPAOも覚え込まなければならない。しかも、選手の中には、0から999まで千種類のPAOを開発する奴、2枚のトランプの組み合わせ2,704通りのPAOを覚えてくる奴とか、トンでもないのがいたりする。
記憶術のトレーニングに励んで競技を勝ち抜いていく件はそれだけで読み応えがあるが、本書はそれにとどまらず、記憶術の歴史や、最先端の科学から見た「記憶力」、全てを記憶する「忘れない人間」や記憶のできない重度の健忘症患者、サヴァン共感覚など、記憶と脳の働きに関する様々なテーマに切り込んでいく。
まあ今だと、大概のものは自分で覚えるよりスマホに覚えさせた方が早かったりするし、記憶術といっても実用性はそんなにあるわけではない。でも、記憶に絡む様々なアプローチと、そこで語られる脳の機能の不思議さに魅了される、大変面白い科学読み物だ。