伴名練「なめらかな世界と、その敵」
- 作者: 伴名練,赤坂アカ
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/08/20
- メディア: 単行本
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うだるような暑さで目を覚まして、カーテンを開くと、窓から雪景色を見た。
最初の表題作の書き出しからこんな感じ。いきなり胸倉を掴まれる。もちろんこれは「雪景色が見えた」のではなく、「見た」でなくてはならない。異常気象による大積雪の夏を選んでるのだから。表題作「なめらかな世界と、その敵」では、みんなが「乗覚」によって無数の平行世界を好き勝手に選択して切り替えできる世界が舞台となっている。そんな乗覚世界で、友人が事故で乗覚障害となり、ただ一つの世界に囚われてしまったら、という物語。文章の途中で状況が変わり、矛盾したような描写が続いて、前衛文学というか、筒井康隆風というか。でも実は青春小説なんです。
巻末の「ひかりより速く、ゆるやかに」は修学旅行生を乗せたのぞみ123号の時間が、横浜名古屋間で、2600万分の1に低速化してしまう話。ちなみに作中で出てくる、「恐怖の館」「地球はプレイン・ヨーグルト」「山手線のあやとり娘」など叔父さんの車の中の小説は、低速化ものを含んだ短編集とかだ。
物語は新幹線の外側での対応を、いかにも現代社会を反映して細かく描きつつ、びっくりするほどさわやかな結末を迎える。
そのほか、明治時代の日本SF黄金期を記録文体で綴る「ゼロ年代の臨界点」は妙に説得力のある偽史モノ。作中作に出てくる短歌が、なんだかまどマギっぽい。
夜もすがら契りし事を忘れずは こひむ涙の色ぞゆかしき
時間SF+百合だし。
「美亜羽へ贈る拳銃」は感情を操る脳科学がネタ。結婚式で花嫁と花婿が、お互いの頭をナノマシンが仕込まれた銃で撃ち合うという、なかなかブラックな趣向がある。仕組まれた愛情、というとガンスリを思い出す。そういえばコニー・ウィリスの「クロストーク」でも恋人同士で脳手術を受けてたな。切ない話ではあるのだけれど、最後の一文でハッピーエンドになってるという解釈でいいんだと思う。
「ホーリーアイアンメイデン」は戦前日本を舞台にした書簡小説。超能力を持った姉と、持たない妹の、姉妹百合だろうか。しかし作品毎に文体を使い分けてるのすごいな。
「シンギュラリティ・ソヴィエト」はシンギュラリティを突破したAIが支配するソ連が舞台のディストピアもの。大量にクローニングされたレーニン集団が労働力として鉄道建設に投入されたりとか、ソ連製AIのセンスがなかなか素晴らしい。真顔のまま、最後まで悪い冗談で突き進む。ある意味、一番好きかも。
将来や別の世界ではなく、あくまで(作中人物にとっての)「今、ここ」の現実にこだわり、肯定しようというベクトルが読後感の良さに繋がってる作品が多いところが、新しいSFかなと思った。