井上真偽「その可能性はすでに考えた」

その可能性はすでに考えた (講談社文庫)

その可能性はすでに考えた (講談社文庫)

なによりタイトルがカッコいいよね。詰め将棋みたいな、寄せ木細工のからくり箱みたいな、凝った仕掛けのパズラー。いわゆる推理合戦モノですが、あらゆる可能性を潰して不可能犯罪が真性の「奇蹟」であったことを証明しようという、まさに「その発想はなかった」ミステリ。「屍人荘の殺人」「虚構推理」と、新発想なミステリは色々あるけど、これはまたチャレンジングだね。抑もフィクションで描かれた「不可能」犯罪がやっぱり不可能でした、と謂う丈では拍子抜けもいいとこだけれど、読めば「推理と反証の応酬の相克の高度かつ濃密な知的遊戯性」に魅了されてしまう。対象は過去の事件で、情報は全て最初に提示されてしまうので、あとはずっと仮説と反証ということになる。事件描写が後々の伏線を全て詰め込んでいて、それでいて極めて自然に語られている。
事件は、山奥の、外部との通行が一切絶たれた集落で起こった、新興宗教団体による集団自決。ただ一人の生き残りの少女の側には首を切り離された死体が横たわっていた。集落に居たその他の人間は全員、密室となった拝殿の中で死んでいた。少女以外にその首を切り落とせた人間はいないが、しかし様々な条件を考え合わせると、少女にはそれができた筈がない。これは、トリックによって実現した犯罪なのか、それとも首を斬られた死体が少女を助け出した奇蹟なのか。
探偵は考えうるあらゆる可能性を検証したと主張し、これは合理的な説明のできない奇蹟であると断言する。それに対して、入れ替わり立ち替わり現れるヴィランがありえたかもしれない可能性を提げて挑戦してくる。受けて立つ探偵の決めゼリフが「その可能性はすでに考えた」。出てくるキャラクタが揃いも揃ってみんなクセありまくりな尖りまくりなキャラで、いきなり現れては無理やり推理勝負に持ち込むとか、ケレン味たっぷりな演出を硬派な文体が支えている。冷酷非情な黒社会の女ボスがいきなりデレたりするあたりはちょっと気になったけど、エンタメ小説に対するラノベの影響力の現れみたいな気がする。

虚構推理 (講談社タイガ)

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屍人荘の殺人

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