斜線堂有紀「愛じゃないならこれは何」

極端なシチュエーションの恋愛小説を集めた短編集。ファンをストーカーしてアパートの部屋にまで忍び込んでしまう地下アイドルとか、映画と読書が好きなインドア派なのに男に合わせて山ガールを気取った挙句筑波山で死にかけるとか、筋立てはかなりコミカルなんだけれど、各エピソードの主人公たる女性たちの気迫と熱気が、ロマコメではないガチの純愛小説にしている。純愛、というのは少し違うかもしれない。熱血恋愛モノ?
各エピソードで、主人公の女性は男に恋し、夢中になり、感情をかき乱され続けるが、その恋愛の嵐の中で、彼女たちは一貫して確固たる主体であろうとする。自らの主体性を握りしめ、あるいは取り戻し、状況を制御しようとする。感情教育ならぬ感情権力闘争とでも言えばいいのか。ただしその闘争の相手は恋敵でも、相手の男性でもない。自分自身による、自分自身に対する闘争である。
それぞれ50ページ前後の5編のうち、4編は独立したエピソードだけど、最後の「ささやかだけど、役に立つけど」だけは「愛について語るときに我々の騙ること」の後日談となっていて、これだけ語り手が男性になっている。女性と共犯関係になる男の話だが、熱気というよりは醒めた切なさが感じられる。木原敏江摩利と新吾」の鷹塔摩利を思い出した。少女マンガ的な、理想化された男性像が入っている気がする。

DUNE デューン

フランク・ハーバートの名作SF小説を完全映画化。監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは「メッセージ」の人ですね。SF映画の撮り方がわかってる。
DUNEの映画化としては120点だけど、映画としては淡々として展開もゆっくりで、話が動き出したと思ったら途中で終わるから結構辛い。2部作だそうですけど、多分ハリウッド映画だったら冒頭20分で見せるとこに2時間半かけてる。でもそのおかげで、諸侯がそれぞれ惑星を支配する帝国宇宙や砂の惑星アラキスの世界にどっぷりと浸れます。原作ファンが見たかった絵を見せてくれる感じ。独自の用語が山ほど出てくるけど、言葉の説明よりも絵で見せる手法なので、初見の客にはハードル高いかも。SFアクション映画じゃなくて、歴史ドラマ観るつもりで行った方が楽しめると思う。あるいは惑星アラキスのドキュメンタリーとか。とにかく砂漠の存在感は圧倒的で、ドイツあたりの城みたいながらんとした邸宅の空間演出との対比が、独特の異世界感を醸し出していた。リズムセクションを強調した、ちょっとエスニックな音楽も効果的で、確かにこれは、フランク・ハーバートデューンだ。映画館の大スクリーンで、音響システムに囲まれて観る価値がある。ただ、日中50度とか60度とかの設定なんだけど、あんまり暑そうじゃなかったな。
バトルシーンや派手な爆発もあるけれど、SFガジェットを見せびらかすようなところは無く、しっくり馴染んでいた。でも大活躍のオムニソプターは良かった。ガジェットとしては、シールドという個人用のバリアみたいなのが出てきてて、地味なんだけど手間をかけて描写していた。巨大な建築物とか古代遺跡のような印象で、ちょっとエイリアンとか思い出した。

城平京「虚構推理短編集 岩永琴子の純真」

可憐にして苛烈、あやかしたちの知恵の神となった岩永琴子の活躍を描くシリーズ4作目、短編集としては2作目。妖怪やもののけ達の相談役として知恵を授ける一方、人と妖の秩序を「この世の道理」として守る調停役として非情なまでに厳正中立を保つ。彼女の推理はあくまで秩序を維持するための道具であり、時に真実とは異なる「信じられる物語」である。妖怪が引き起こした事件を、人間の行動のみで合理的に説明する、というような。怪異を否定した上で、関係者の不安定な心情を落ち着かせて秩序を再構築するというのは、京極堂の憑き物落としとも通じる。
本格ミステリでは、そもそも探偵の推理が本当に完全なのか、見落とした証拠がないのか、捏造された証拠に騙されていないのか、という疑問には答えられない。作品内で全て完結する、というのがルールだからであるが、こうした限界を「後期クイーン問題」という。しかしながら、あくまで相手を説得するための方便、としてしまえば、そうした問題は無効化してしまう。
所収第5話の「雪女を斬る」は、江戸時代の伝承を元に、3通りの解釈を提示するという「虚構推理」の面白さを思い切り堪能できる。
卓抜した頭脳を持ち、厳正なる秩序の番人であり且つ、自身の欲望には露悪的なまでに忠実なお嬢様である岩永琴子と、無理矢理その恋人にされた不死身の勤労青年桜川九郎を中心に魅力的なキャラが活躍するキャラ文芸としての魅力も高い。
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2021/7-9月期終了アニメアンケート( 第62回調査)

021秋調査(2021/7-9月期、終了アニメ、43+4作品) 第62回
アニメ調査室(仮): (ブログ参加者用) 2021/7-9月期終了アニメアンケート

{総評、寸評など} (自由記入、引用する場合あり)

13,ひぐらしのなく頃に卒,B
業の答え合わせ編。続編というより公式の二次創作という感じがした。ただ殺し合えばいいってもんじゃないだろ。ひぐらしって惨劇の理不尽さが良かったんだけど、各種バトルのバリエーションを詰め込んだ挙句に、憑き物が落ちたようなハッピーエンドでまとめられちゃうと、虐殺シーンのための虐殺プロットという感じで冷めてしまう。しかし、大切な友達の決意を変えるために何度もループを回す、というとまどマギのほむらみたいだけど、こうまで違う話になるんか。

37,かげきしょうじょ!!,S
文句無く面白かった。演劇要素とバレエ要素とアイドル要素とみんな入ってておトク感。原作マンガも面白いけど、アニメで見たいとこをちゃんと見せてくれて満足。

45,(2期 8話) マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝 2nd SEASON 覚醒前夜,B
なかなか完結しない。本編の模倣というか、好評だった要素の延長線上にある物語という感じで、新たな驚きは乏しい。戦闘シーンの演出は派手だったけど単調だったように思う。

021秋調査(2021/7-9月期、終了アニメ、43+4作品) 第62回

01,RE-MAIN,x
02,Sonny Boy,x
03,EDENS ZERO,x
04,カノジョも彼女,x
05,よるわまわるよ,x
06,ダイナ荘びより,x
07,うらみちお兄さん,x
08,ヴァニタスの手記,x
09,ぼくたちのリメイク,x
10,東京リベンジャーズ,x
11,ゲッターロボ アーク,x
12,出会って5秒でバトル,x
13,ひぐらしのなく頃に卒,B
14,迷宮ブラックカンパニー,x
15,探偵はもう、死んでいる。,x
16,ピーチボーイリバーサイド,x
17,小林さんちのメイドラゴンS,x
18,ぷっちみく♪ D4DJ Petit Mix,x
19,アイドリッシュセブン Third BEAT!,x
20,魔入りました! 入間くん 第2シリーズ,x
21,デジモンアドベンチャー: (2020年版),x
22,せいぜいがんばれ! 魔法少女くるみ 3期,x
23,100万の命の上に俺は立っている 第2シーズン,x
24,乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…X,x
25,チート薬師のスローライフ 異世界に作ろうドラッグストア,x
26,転生したらスライムだった件 第2期 第2部,x
27,D_CIDE TRAUMEREI THE ANIMATION,x
28,SDガンダムワールド ヒーローズ,x
29,僕のヒーローアカデミア 第5期,x
30,現実主義勇者の王国再建記,x
31,天官賜福 (日本語吹替版),x
32,死神坊ちゃんと黒メイド,x
33,平穏世代の韋駄天達,x
34,魔法科高校の優等生,x
35,月が導く異世界道中,x
36,女神寮の寮母くん。,x
37,かげきしょうじょ!!,S
38,不滅のあなたへ,x
39,闇芝居 九期,x
40,精霊幻想記,x
41,俺、つしま,x
42,NIGHT HEAD 2041,x
43,BLUE REFLECTION RAY 澪,x
44,(2期 8話) 指先から本気の熱情2 恋人は消防士,x
45,(2期 8話) マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝 2nd SEASON 覚醒前夜,B
46,(2期 8話) 戦乙女の食卓II,x
47,(地上波初放送) ぶらどらぶ,x


(以下、自由記入)
(リストはここまで)

渡辺優「クラゲ・アイランドの夜明け」

舞台となるのは海上に浮かぶ7つの人工島からなるコロニー、「楽園」である。コロニー周辺に新種のクラゲが発生し、7色に光る美しい、巨大なクラゲが波力発電機のポンプに詰まったというニュースから始まり、すぐにそのクラゲに襲われて電力会社職員が2人死亡したというニュースが流れる。ミサキは第1コロニーに住む、クラゲが好きな女子大生(?「スクール」を卒業した学生らしい)。「楽園」にはクラゲ好きが多いが、ミサキは特にクラゲに思い入れが強く、新種クラゲを近くで見たい、手に入れたいと思う。ナツオはミサキの近所に住む同級生で、「楽園」移住以来の付き合い。
物語はミサキの語りで始まるので、彼女が主人公と思って読んでいくと、彼女は1章の終わりで唐突に死んでしまってびっくりするのだけれど、それは文庫裏表紙の紹介にも書かれていた公式ネタバレ範囲内だった。電書を不見転で読みだすとそういうこともある。
「楽園」は殺人、傷害、交通事故、違法薬物、違法労働、性犯罪、自殺者がゼロという「7つのゼロ」を誇っている。ミサキの死も事故死として公表されたけれど、堤防から身を投げた瞬間を目撃していたナツオには、自殺としか思えなかった。新種のクラゲに興奮していたミサキが、なぜいきなり自殺したのか、ナツオはミサキの行動のあとをたどり、最後の7日間を調べ始める。ミサキの死と新種のクラゲを巡るミステリでもあり、クラゲ小説である。
ミサキは、自身の欲望に忠実で、規範に囚われないという意味で自由であり、欲望に囚われているという意味で不自由である、過去の渡辺優の作品に描かれることの多かったような人物。「楽園」の理想主義を胡散臭く、窮屈に思っていた。
一方ナツオは、争いや他人との衝突を忌避し、感情を揺さぶられるようなことは苦手としていた。意見を持つことも、別の意見と戦うことになりそうで嫌だった。そんなナツオを、ミサキはクラゲのようだ、と言った。なんだかモラトリアムっぽいキャラだと思ったけれど、最近の若者の傾向としてよく聞くようになった特徴でもある。無感情に海を漂うクラゲはナツオの比喩でもあるが、この新種のクラゲは「七色に光る胃腔、人間ほどの大きさの傘、長い口腕、強い毒、死にかけるとポリプに戻るその不死性」を持ち、なんでも食べて増えていく、人間を滅ぼすために生まれたような最強のクラゲなのだ。
クラゲによる被害が拡大していく中で、クラゲ擁護派と殲滅派の主張が並行して語られるが、具体的な対応が描かれることはない。これはパニック小説ではない。擁護論も駆除論も論評に過ぎず、あくまで物語はミサキの死の謎を追って語られていく。
ナツオの調査に参加するのはあと2人。同じ「スクール」の同級生だったルナは、「楽園」の理想を信じ、自分の「正しさ」を信じ、間違いに異議を唱えることが自身の「正しさ」に対する責任だと思っている女の子。ミサキの自殺を「楽園」セントラルが隠蔽しているという疑惑を調査すべきだという思いから、ナツオと同行することになる。
もう一人、調査に参加したのはソウマというミサキの知り合いだった青年。彼は「楽園」設立当初から農家として参加して、人工島での大規模農業を実用化させた農業技術者。楽園の思想にはあまりこだわりは無い。
ナツオは2人の協力を得て、最終的に一つの事実に辿り着く。そして、苦手だった「大きな感情」を受け入れる。
昨今のポリコレや環境問題にセンシティブな風潮を背景として、風刺ということではないけれど、そうした「意識の高い」社会に漂う「無垢な理性」への無条件な信頼を嗅ぎ取って、疑義を呈している。自己肯定感の低いナツオにとって、正しさは常に他人の中にあった。正しさを体現した「楽園」の理想社会で、ナツオは大きな感情も大きな意見も持たずに漂うのはラクだった。しかし「楽園」もまた、間違いの多い人間の作った普通の社会であり、絶対の正解は存在しない。だから必死に考えて好きな間違いを選ぶしかないし、大きな感情も避けれない。
作者は人間を像作る欲望というものをポップな筆致で描き出してきたと思うのだけれど、これまでのような欲望に忠実なミサキは死に、欲望を漂白されたようなナツオを通して、改めて人間を描いている。

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2021/4-6月期終了アニメアンケート( 第61回調査)

2021/4-6月期終了アニメアンケート( 第61回調査)
http://anime-research.seesaa.net/

{総評、寸評など} (自由記入、引用する場合あり)

05,スーパーカブ,S
ゆるい趣味系と思ったら、けっこうストイック。「スーパーカブならどこにでも行ける」がテーマだからか、自立した女の子同士の交流が気持ちいい。特段の特徴があるわけでもない地方都市の風景をここまで緻密に描くというのは、すごいことだと思う。

09,オッドタクシー,S
現代劇としてハードボイルドを成立させてるのはすごい。バラバラな群像劇に見えてた何本もの筋道をタクシー運転手をキーにして一つにまとめ上げていくプロットが群を抜いて面白い。全員のエピソードに最後で全部ケリをつけた後で、敢えて含みを持たせて終わったのは、良かったんだろうか。大団円ハッピーエンドってのも違和感あるけれど、キレイにスジを通した後で不条理な結末ってのがちょっとモヤモヤした。

10,シャドーハウス,A
レトロ、というかゴシックホラーっぽい美術設定がいい。話は普通に少年マンガなのね。

22,ゴジラ S.P (シンギュラポイント),A
巨大になりすぎないサイズ感のバトルが楽しい。結局訳が分からなかったけど。

39,聖女の魔力は万能です,B
異世界転生って、無理なくイケメン王子にチヤホヤされる少女マンガができるの便利だなあ。素直に見ていられた。

41,蜘蛛ですが、なにか?,B
長い原作を大胆に刈り込んで再構成したけど、えらく中途半端なとこで終わった。結局俺たたエンドじゃん。
まあ勇者編と蜘蛛子編とが合流するのがエルフの里攻防戦だし、逆算するとこうならざるを得なかったという感じかなあ。でもやっぱ勇者編は消化試合だ。とりあえず悠木碧はチョー頑張った。

2021夏調査(2021/4-6月期、終了アニメ、47+4作品) 第61回

01,MARS RED,x
02,バクテン!!,x
03,転スラ日記,x
04,ましろのおと,x

05,スーパーカブ,S
06,灼熱カバディ,x
07,美少年探偵団,x
08,バック・アロウ,x
09,オッドタクシー,S
10,シャドーハウス,A

11,おしりたんてい,x
12,86 エイティシックス,x
13,ドラゴン、家を買う。,x
14,キラッとプリ☆チャン,x

15,やくならマグカップも,x
16,さよなら私のクラマー,x
17,ヘタリア World★Stars,x
18,イジらないで、長瀞さん,x
19,恋と呼ぶには気持ち悪い,x
20,ゾンビランドサガ リベンジ,x

21,フルーツバスケット The Final,x
22,ゴジラ S.P (シンギュラポイント),A
23,Fairy蘭丸 あなたの心お助けします,x
24,幼なじみが絶対に負けないラブコメ,x

25,ひげを剃る。そして女子高生を拾う。,x
26,カードファイト!! ヴァンガード overDress,x
27,セブンナイツ レボリューション 英雄の継承者,x
28,究極進化したフルダイブRPGが現実よりもクソゲーだったら,x
29,スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました,x
30,擾乱 THE PRINCESS OF SNOW AND BLOOD,x

31,バトルアスリーテス大運動会ReSTART!,x
32,すばらしきこのせかい The Animation,x
33,異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術Ω,x
34,結城友奈は勇者である ちゅるっと!,x

35,憂国のモリアーティ 第2クール,x
36,セスタス The Roman Fighter,x
37,Vivy Fluorite Eye’s Song,F
38,七つの大罪 憤怒の審判,x
39,聖女の魔力は万能です,B
40,NOMAD メガロボクス2,x

41,蜘蛛ですが、なにか?,B
42,戦闘員、派遣します!,x
43,SSSS.DYNAZENON,x
44,いたずらぐまのグル~ミ~,x

45,(全50話) りばあす,x
46,(全23話) 魔道祖師 (前塵編/羨雲編),x
47,(全9話) レゴタイム レゴ モンキーキッド,x
48,(全4話) レゴタイム レゴ フレンズ (2期),x
49,(全8話) 黒ギャルになったから親友としてみた。,x
50,(全12話+特別編) ワンダーエッグ・プライオリティ,x

51,パウ・パトロール シーズン3,x

(以下、自由記入)

{追加評価} (自由記入、第58~60回調査に参加している方)

(リストはここまで)

李琴峰「彼岸花が咲く島」

2021年芥川賞受賞作。記憶を失った少女が、流れ着いた島の不思議な習俗に戸惑いながら自らの居場所を求めるフェミニズム小説。
純文学でネタバレを気にするのも何だか妙な気もするけれど、「ネタバレ」なので一応注意喚起しておく。
ただ、本作の最大の魅力は、「言葉」だ。作中には「ひのもとことば」「女語」「<ニホン語>」の三種類の話し言葉が登場する。
このうち島の女たちが使う「女語」が現在の日本語に相当する。女語は女だけが覚える秘密の言葉で、男が習うことは許されない。なぜ許されないのかは、本作を構成する謎のひとつになっている。あくまで習い覚える言葉なので、どこかぎこちなさが残ったりもする。
少女の使う「ひのもとことば」は、「本来の美しい大和言葉を取り戻すために中国の影響を取り除いた」という名目で、漢字を排した日本語という設定。そのため基本平仮名で書かれるが、漢語は英語で言い換え、カタカナで書かれる。「ひのもとくにの たみは ひびの くらしと いとなみにおいて」といった文章の中に「ミーニング」「ディフィニション」「ローカル・ガバメント」といったようなカタカナが混じる。全部大和言葉にして祝詞のような文章にせず、英語が混ざることで妙な滑稽さが出る。話し言葉となると、ドラマの帰国子女っぽい感じ。
島の共通語である「<ニホン語>」は日本語、というより琉球語と中国語の混淆のような言葉である。

「長いでも没関係ラ!」
「そんな可能、どこに有するラ!」

違う言葉だが、だいたい意味が通じるという感覚が面白い。「ひのもとことば」は文法は変わらず、単語のみが入れ替わっているが、「<ニホン語>」では文法も変化している。
流麗な地の文章にこの三種類の会話体が混じり合うことによる異化作用が、最大の収穫である。
さて、島では女だけが女語を使えるほか、祭祀を執り行い、交易を管理し、島の歴史の伝承を独占する。島の首長である「大ノロ」も女性である。なぜ島の統治から男が排除されているのか、が本作の中心となっている謎であるが、ネタバレすれば、「男社会では排除と戦争が繰り返されるので女が代わって、平和な社会を作ったから」である。アリストパネスかい。話としては、「残虐な男とリベラルな女」というジェンダーバイアスの強い「歴史」を乗り越えて男女平等を目指す、という流れになっていて、文面上はドウォーキン的な敵対的フェミニズムへの批判として両性の信頼を説いているが、男性社会を戯画化した陳腐なフェミニズム小説という印象が拭い難い。単純化された平凡な類型に「ニホン」「チュウゴク」「タイワン」といった固有名詞を導入して生臭さを加えた「歴史」記述で、それまで構築された異世界が一気に中途半端な寓話に堕してしまった。希望を持たせた終わり方も、実際にはケンカした幼馴染の男と仲直りできたらいいねと女同士で盛り上がっているだけで、相手がどう思っているかなど男側の視点は無い。一方で文化の多層性を言葉を通して描きつつ、無自覚ゆえのナイーブな独善が潜んでいる。
台湾出身の作者が、「<タイワン>は<チュウゴク>に負け、」と淡々と書いているのにちょっと驚いた。日本人がロシア占領下の日本書いたり、アメリカ人がドイツや日本占領下のアメリカ書いたりとか、普通にあるけど、今書くことのセンシティブさは格段に高いのではないだろうか。