保谷伸「まくむすび」

まくむすび 1 (ヤングジャンプコミックス)

まくむすび 1 (ヤングジャンプコミックス)

まくむすび 2 (ヤングジャンプコミックス)

まくむすび 2 (ヤングジャンプコミックス)

演劇テーマのマンガ。高校演劇部が舞台の部活モノでもある。主人公はマンガをかくのが好きな女子高生。溢れ出る物語を自由に書いていたけれど、友達に見せて「全然わかんない」と言われて以来人に見せるのが怖くなっていた。高校入学を機に山のように書き溜めたノートを処分しようと思い立つが、偶然が重なりその一冊が演劇部の先輩の手に渡ってしまう。先輩はそのマンガを脚色、新入生歓迎会の部活紹介で上演してしまう。自分の物語が描きたかった世界が他人の手で表現され、観客を惹きつけていることに主人公は衝撃を受け、複雑な葛藤を経験する。これが導入。なんかスッゲェ面白そうでしょ?
その後まあ色々あって、主人公は新入生二人とともに入部して、地区の高校の合同発表会に向けて創作劇を準備することになる。
その演劇部は、それまでは女優、音響、演出兼照明の3人しかいなかった。何か1年前にやらかしたらしいんだけれど、何があったのかはまだ語られてない。ただしその唯一の女優が、まあかなり変人というか問題児なんだけど、一人で舞台を支配できる存在感のある人で、無茶を実現させてしまえるタイプ。この人がいなかったらとうに廃部になってたんだろうなとか、でもそもそもこの人がいなかったら部員が3人だけになることもなかったんだろうなとか、そんな感じ。
「演技の巧さ」をマンガで表現する時は観客に解説させるのがよくある手だけれど、本作では表情の書き込みで表現している。演劇マンガとして画面に引き込む力の強い、説得力のある表現だと思う。演じる劇が商業演劇みたいなドラマとかではなくて、不条理劇っぽかったりするのもあるけれど。
まだ色々と伏線張りまくり段階で、先がかなり気になる感じ。
主人公の高校は女子校ではないと思うんだが、女子高生しか出てこない。ヤンジャン連載だからか?でもセリフの上にモノローグを多層化して重ねるのは、少女マンガっぽい。セリフがあって、そこにモノローグ重ねて、さらに横長のコマとコマの間を黒い横棒で区切って、そこに白抜きで内観のような、もう一段客観視したモノローグが入るのって、羽海野チカが「3月のライオン」でやってたやつだね。

劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜

黄前久美子2年生編、「リズと青い鳥」に続くオリジナル劇場版。久美子たちが2年生に進級して、新1年生が入って、全国大会金賞を目指してまた1年頑張る。
音響が凄いアニメだし、やっぱ劇場で見れるのは嬉しい。ユーフォのピストンの音もハッキリ聞こえるし。スマホの動画風のカットが度々入るんだけど、この素人っぽいムービー動画って何気に凄くね?
いきなり秀一久美子の告白シーンから入ってびっくりするけど、しかし男女カップルには冷たいシリーズだなぁ。
低音パートに入ってくる新1年生、それぞれメンドくさくも濃いキャラなんだけど、この映画では話の中心はどうしたって久石奏ちゃん。なんかあすか先輩と久美子を悪魔合体させたみたいな拗らせキャラですが、イヤミにならないギリギリの線で成立させてます。「死ぬほど悔しい」というセリフは、上手くなりたいという欲望にどれだけ素直になれるかという視点で1期2期を貫いたテーマですが、奏ちゃんもまたそこに連なったわけです。
部長副部長になった優子と夏紀、それに葉月、緑輝の1年間の成長とか、1年生編2クールの蓄積もあって、いちいち感慨深いシーンが続きます。毅然として「部長」を務めた吉川優子の大会後の挨拶とか、なかなか泣かせます。直前にワンカット、泣き崩れてる優子となだめてる夏紀が入るんですけど、後ろ姿だし、ちょっとわかりにくいかも。尺の関係もあるのか、かなり凝縮した構成で、ワンカットワンカットの意味が重いです。
しかしやっぱり短いね。1年生の1年間が2クールあったのに、2年生は劇場版2本、しかも1本はほぼのぞみぞオンリーだし。でも、2年生編をテレビシリーズで、なんて贅沢なことは言いません。3年生編が見れることを願います。だって8月のEJアニメシアター上映でも続編制作のコースターもらったし。池田晶子さんの。これはもう遺志なのでは。
anime-eupho.com
まだ劇場で見れますよ。場所は千葉と京都と兵庫1館ずつですが。

ライオンキング

1994年アニメ版のフルCGリメイク。パンフレットには全部コンピュータで作ったけど実写版、と書いてあった。VRを使ってCGのオープンセットを「撮影」したんだとか、撮影機材の動きを徹底的にシミュレートしたとか、説明を読んでもなんだかよくわからないんだけれど、映像を見れば一発でわかります。ジュラシックパーク第1作目、公開当初に初めて恐竜が歩き回ってる草原が目の前に広がったときの衝撃に匹敵する。これは確かに、「今まで見たこともない映像」です。虫や鳥や動物たちが、なんら違和感なく演技している。アニメであってアニメじゃない、これまでの動物映画とも違う、CGを合成した映像とも違う、何か別次元に到達したもの。なんかもう長生きした甲斐があったというか、そんな感想です。
しかしライオンってネコだなあ。

みんなのミュシャ

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Bunkamuaでやってたミュシャ展を見てきた。展示前半はミュシャミュシャになるまで。ミュシャ8歳の頃に描いた磔刑図に始まり、少年期から修行時代にミュシャが見ていた美術工芸品、様々な絵画、チェコから中国日本の文物、当時の写真記録。そしてミュシャの習作、スケッチ、挿画、表紙デザイン。サラ・ベルナールとの出会いと、ミュシャ様式の完成。途中に撮影可の一室がある。
後半はみんなのミュシャアールヌーボーの衝撃をモロに受けてミュシャをパクリまくった明治時代の日本のデザインとか、戦後再発見されてロックのアルバムジャケットだとかアメコミだとかがパクリまくった記録が展示されている。そして最後の部屋では、ミュシャが日本の少女マンガに与えた影響ということで、山岸涼子とか波津彬子とかの原画が展示されている。花郁悠紀子の原画は初めて見た。そうそう見る機会は無いと思われるので、これは貴重。
24年組少女マンガへのミュシャの影響については、漫画家自身熱く語っていたところだけれど、そもそも近代日本の少女趣味の源流となったアールヌーボー風少女挿画がミュシャの影響の元にあった。この辺りは大塚英志ひらりん「まんがの歴史」でも触れていた。

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オトメの祈り―近代女性イメージの誕生

オトメの祈り―近代女性イメージの誕生

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プラハ市民会館市長ホールの壁画に描かれた片目のおじさんはフス戦争の英雄ヤン・シジュカ。「乙女戦争」で活躍してたね。
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橋本治「黄金夜会」

黄金夜界 (単行本)

黄金夜界 (単行本)

明治のベストセラー「金色夜叉」の翻案で、橋本治の遺作となった小説。金色夜叉と言えば貫一お宮、というか熱海の海岸で金に目が眩んで自分を裏切った許嫁を蹴飛ばした貫一が、毎年今月今夜の月は僕の涙で曇らせてやると見得を切るとこが有名でご当地に銅像まで立ってるんだけれど、それ以外はほとんど知られてない気がする。そもそも作者の尾崎紅葉が執筆途中で亡くなったので未完なんですよね。
主人公間貫一をはじめキャラの名前や基本的な枠組みは踏襲してるのだけれど、ヒロインの鴫沢宮は鴫沢美也になっている。バブル崩壊以降の日本を舞台にした本作では、美也は別に金に目がくらむというわけではない。ただ自分に自信の持てない空虚さを突然降って湧いた「結婚」で埋めようとしたばかりである。貫一も美也の裏切りにあって悲憤慷慨恨み言を言うということもない。感情を捨て、大きな欠落を抱えたまま、それを見ないようにひたすら生きていく。ショックで茫然自失した貫一が着の身着のまま出奔し、ワープアとなって生きていくあたりがなかなか現代です。
結末はびっくりするほど呆気ない。旧劇場版エヴァの「終劇」を思い出す。どこにも救いの無い、「絶望」そのものだけがポッカリと口を開けている。

サラ・パレツキー「ビター・メモリー」

ビター・メモリー (Hayakawa novels)

ビター・メモリー (Hayakawa novels)

女探偵もののはしりともなったV.I.ウォーショースキーのシリーズ10作目。シリーズの中でも時間は流れていて、登場人物たちは次第に年をとってます。コーンウェルの検死官シリーズとかもそうでしたよね。こういうのは好き。どっかに向かってる感じがするから。
主人公ヴィクは相変わらず「ピンボールみたいにシカゴじゅうをとびまわって」います。それにしても忙しい。事件を抱えて駆け回りながらも、犬の散歩もしなくちゃいけないし、知り合いの家の女の子が大切にしてるぬいぐるみも洗濯しなくちゃいけない。食べ損なった朝食やらお気に入りのブラウスの洗濯やら、全てのことが同時進行して息つく暇もない。日常、というか生活感のある部分と事件をうまく織りまぜて緩急を作ってるからテンポよく読めます。しかも、周り中敵意に囲まれても怯まず自分の信念を貫いてハードボイルドになってるし。と、いろいろほめたけど、シリーズの中では今回はいまいち、なんでシングルA。
妄想の虜になって暴走するストーカーやら、「弱者の味方」な自分に夢中のセラピストやら、自己主張の強い脇役に埋もれて、犯人の印象が薄くなってしまっている。それなりに面白いキャラクタではあるんだけれど。こういう時、「デンパと正義厨ウザイ!」で済む2ちゃん語って便利だなあ。
原題は"TOTAL RECALL"、あと章ごとのサブタイトルも「ピンボールの天才」「ポール・ラドプーカと秘密の部屋」とか、映画がらみのタイトルになっています。原文がわからないと、全部チェックするのはむずかしいんだけれど。アメリカのサイトとか検索したら誰か対照表作ってるかな。
ホロコースト犠牲者の資産保全とか、奴隷制度受益企業への損害賠償請求とか、過去の抑圧に対する補償請求というトピックを背景に使っていて、そのへんは日本人としてもいろいろ興味のあるところです。
ねこまくら読書日記 - bookグループ より転載

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天気の子

「君の名は」に続く新海誠メジャー作品。連日満員で滑り出し絶好調の模様。賛否両論らしいけど、私は面白かった。以下ネタばれ込みです。

込み入った設定が消化不良な感じが微妙にモニョった「君の名は」よりはよほど気持ちよく見ることができた。伏線っぽい思わせぶりはいくつかあったけど、潔いまでに何の説明もなしで突っ走っていく流れに乗っかって只物語に浸っていられた。
美麗な作画にはますます磨きがかかり、新宿歌舞伎町の毒々しい夜景や薄汚れた路地、鉄道線路脇の殺風景な坂道、何の変哲も無い住宅街の安アパート等などの風景を魅力的に見せてくれる。「耳をすませば」で古い団地を輝かせたアニメの魔法だね。ただ、「言の葉の庭」でも気になったんだけど、繊細な風景描写のカットで、似たような構図の似たようなカットが繰り返されて、あれってバンクなのかな。自然の動きを追求したいモチベーションのベクトルとバンクってなんか噛み合わない気がして違和感あるんだけど、気のせいなのかなあ。晴れてる時に手をかざして見る空のカットが繰り返されるのは意図的なんだとわかるけど。
プロダクト・プレイスメントもバリバリで、盛り場でよく見るバニラの求人カーから学研ムー、日用品も実在ブランドだし、初代プリキュアまで出てくるし。西武新宿のマクドナルドは行ってみたくなるかもしれないが、路地裏のゴミ箱にBOSSとか書いてあるのは宣伝になってるのか?そういえば最近本屋で村上春樹訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」が平積みになってるのをよく見る気がするけど、天気の子の影響かなあ。別に小説版天気の子とかと一緒に置いてあるわけでもないし、関連本扱いはされてないっぽいんだけど。閑話休題
エピソードの積み重ねをダイジェストで飛ばしていく手法は「君の名は」と同様だけど、今回はあまり気にならなかった。「君の名は」では、そこが見たかったのに的なモヤモヤがあったけど、まあむしろそういうのは少なくて、テンポ良く話を進めていく定番ではある。
中盤以降、天気がいよいよ異常担っていく中、主人公の帆高たちは警察に追われ行き場を失って逃げ回るのはニューシネマみたい。「俺たちに明日はない」とか、社会と対立した個人が束の間の疑似家族を構成するみたいな話、だいたい最後は悲劇に終わってたんだけれど、「天気の子」は世界の方がひっくり返ってしまった。東京が沈むラストが腑に落ちない向きもあるらしいけど、別にいいじゃん。ゴブリンスレイヤー だって「俺は世界を救わない」って言ってるし、世界を救わない主人公だって構わないじゃん。
「少年はいつも動かない。世界ばかりが沈んでいくんだ。」野田秀樹「センダ城の虜」
そういえば小野不由美「東亰異聞」のラストも東京ならぬ東亰が海に沈んでくんだった。

東亰異聞 (新潮文庫)

東亰異聞 (新潮文庫)

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